U.口腔ケアの実際

 

 

1.口腔ケアを始める前に

 口腔ケアは誰がケアするかによってセルフケア・スタッフケア・プロフェッショナルケアという三つのケアに分けられます。

 

1)セルフケアSelf care

 ADL評価において「洗顔・口腔清掃」が「自立」している方は「セルフケア」が主体となります。自分でブラッシングや義歯の清掃を行います。

 ところで口腔ケアを施設あるいは病棟全体として考えた場合にセルフケアには

   ・清掃が不十分

   ・清掃器具が不潔になりやすい

   ・義歯の扱いと保管に問題

という問題点が潜在しています。もし施設や病棟全体で口腔ケアに取り組むのであれば、この点を踏まえて適切な助言や介助が必要でしょう。特に「義歯の扱いと保管」は院内感染予防の観点から注意が必要です。

 

2)スタッフケア Staff care

 このテキストは看護・介護スタッフが対象で「スタッフケア」が本題です。口腔がもたらす弊害(口腔細菌の病原性)を理解してケアを実施すれば効率的で安全性の高い口腔ケアが構築できます。

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3)プロフェッショナルケア Professional care

 セルフケアとスタッフケアをサポートするのが歯科医師と歯科衛生士による「プロフェッショナルケア」です。前処置、専門的口腔清掃および指導を行います。特に、重度の歯周病や歯牙齲蝕がある場合、通常のケアでは効果はほとんど得られません。歯石の除去、歯牙齲蝕の充填処置あるいは抜歯などが前処置として行われます。専門的口腔清掃は最も重要です。誤嚥性肺炎の重要な起炎菌である歯周病原菌をコントロールします。

プロフェッショナルケアによってある程度口腔内をコントロールしたうえでケアを実施すべきです。改善された口腔でははっきりとケアの効果が違いますし、炎症による咀嚼障害や口臭も解決します。

 

    

 

2.うがい(含嗽)

 口腔ケアには「うがい」、「口腔清拭」、「ブラッシング」そして「義歯の清掃と保管」という手技があります。食後はまず「うがい」です。介助を必要とする高齢者では咀嚼機能や嚥下機能が低下しがちですから、しばしば食物残渣が見られます。毎食後のうがいで解決します。脳血管障害などで嚥下反射と咳反射に障害がある場合「誤嚥」に注意してください。難症例では「ポータブル吸引装置」が便利です。「むせ」があるようでしたらうがいではなく次の項で記述する清拭で食物残渣を除去した方がよいでしょう。

 うがい液は水あるいは微温湯(ぬるまゆ)が適当です。イソジンガーグルやネオステリングリーンなどの殺菌性の含嗽剤の常用は、正常細菌叢の維持という点で問題があり、菌交代現象の原因となります。含嗽剤は極度の病的細菌叢には効果的ですが、日常の口腔ケアでは使用しないことを原則とします。

  

 

. 口腔清拭

 口腔清拭は食物残渣と口腔老廃物の除去を目的とします。ここで口腔老廃物について少し説明しましょう。口腔粘膜は重層扁平上皮と呼ばれる組織で被われています。この上皮は新陳代謝により常に表層が脱落し老廃物となります。皮膚でいえば垢が出るのと同じです。通常、口腔には自浄作用という老廃物を滞積させない機構が備わっていますから、皮膚のように垢がたまって不潔になるということはありません。口腔老廃物にはこのほか死滅した口腔細菌が含まれます。相当数の口腔細菌が棲息していますからライフサイクルの結果老廃物となる細菌の数も相当なものですが、これもまた口腔の自浄作用により消化管へと移行し口腔に滞積することはありません。

 ところで、この自浄作用は加齢や全身状態で衰える傾向にあり、中でも咀嚼・嚥下障害および経管栄養で著しく低下します。自浄作用が低下した口腔内では老廃物は滞積する一方です。つまり本テキストのテーマである要介護者では自浄作用はかなり低下しており、老廃物はケアをしないと常に滞積していくものと理解しなければいけません。

 

  

 

   

 

 口腔清拭ではスポンジブラシを使うと効果的です。清掃効果が高く粘膜への刺激性(痛み)が少ないことが特徴です。スポンジブラシで口腔全体をまんべんなく清拭してください。口腔粘膜の清拭は拭き掃除だと理解してください。

 このケアで相当数の細菌を減少させることができます。さらに、老廃物を常に取り去ることで、口腔粘膜の表面が好気的環境を維持して病原性の比較的強い嫌気性菌の増殖を抑制します。もともと、口腔内は病的細菌の増殖しにくい環境です。自浄作用という大切な機能が低下・消失したため、病的細菌叢が形成されるわけですから、口腔ケアはこの自浄作用を補うことで正常細菌叢を維持することだと言うことができます。

 

 

. ブラッシング

 ブラッシングは1日1回」を提案します。プラーク(歯垢)の形成メカニズムを理解すれば根拠は明解です。プラークの形成は唾液中の細菌(レンサ球菌)が歯面に吸着し小集落をつくったところに始まり、小集落は時間の経過と共に成熟してプラークとなります。ある研究によればこの時間は48時間とされています。したがって、ブラッシングは1日1回でも十分という理屈です。理論的裏付けの元に、簡単な口腔ケアが私の提案です。

 

1)歯ブラシの選択

 

 歯ブラシの基準としては、使いやすさと粘膜を傷つけないという観点から

 @ ヘッドが小さめ

 A 植毛部は柔らかめで平らなカット

 B 柄はストレートタイプで少し長め

 C 安価

などが上げられます。これらの基準を満たした歯ブラシが「介護用歯ブラシ」として市販されています。通販で購入すると1本50円未満というものまであります。当院でも使用していますが、使用感に全く問題はありませんでした。

 

 

2)ブラッシングのポイント

 ブラッシングの目的は言うまでもなくプラークの除去で、大切なのはどこを磨くかです。高齢者では歯周病のため歯と歯の間で隙間が大きく、また歯根が露出しています。歯根はエナメル質よりも表面が粗造ですからプラークが多く、つまり細菌が多いということですからここを磨くことが大事です。

 同時に歯肉溝部もブラッシングします。歯周ポケットの入り口ですからこの部位を磨くことでポケット内のプラークもある程度除去できます。また、ポケット内の嫌気的環境を改善します。

 また、高齢者では歯根だけが残っている状態も良く目にします。ここにもたくさんのプラークが付着します。歯肉を傷つけないように磨きます。

 

   

 

 

. 義歯の清掃

1)義歯にもプラークがつく

 清掃不良の義歯には白い膜状のものがついています。「デンチャープラーク」と呼びます。義歯の材料は口腔細菌が付着しやすい表層構造のうえ、内面は粘膜と密着していますから栄養源は豊富で唾液の自浄作用も受けにくいのです。

 

2)初回は徹底清掃

 水洗いしただけの義歯を指で触るとヌルヌルしています。これは唾液ではなくデンチャープラークです。食べかすや唾液は水で洗い流すことができますが、デンチャープラークは何らかの方法でこすらなければ除去できません。初めて義歯を清掃する時は、全面にデンチャープラークが付着しているものとして徹底的に清掃しましょう。義歯用ブラシが有効です。表も裏もそして歯の部分も磨いて下さい。鉤状の金属の部分は曲がると適合性が悪くなりますから丁寧に取り扱いましょう。

 

3)1日1回の義歯清掃

 いったん綺麗になった義歯は清掃が簡単です。日常の清掃法としては、口腔清拭の時水洗いしてください。指でこすりながら水道で洗い流すだけで十分です。そして1日1回のブラッシングの時、義歯用ブラシで清掃してください。最後に70%エタノールガーゼで拭くと除菌に関しても完璧です。おもしろい実験結果があります。いろいろな清掃法とカンジダ菌の除菌について調べてみました。義歯用ブラシで清掃後70%エタノールガーゼで清拭した場合100%の除菌率でした。

 

4)清掃後は水につけて保管

 清掃後はデンチャーケースに保管しましょう。食事の時義歯に触れる粘膜には微小な傷が付きます。清掃後すぐに義歯を装着することで傷のところに細菌が繁殖しやすくなります。1時間程度保管してそれから装着すると安全です。

 就寝時は必ずはずして同じ方法で保管します。就寝時は唾液の分泌が少なくなりますから、自浄作用が低下し口腔細菌が増殖します。もし、義歯を着けたまま眠ると義歯床下の粘膜面で嫌気性菌が異常に増殖しますからいろいろな弊害をもたらします。