V.口腔ケアの効果

 

1.口腔ケアの効果の細菌学的検証

口腔ケアはどんな効果をもたらすのでしょうか。当院では平成12年に市内の「某老人保健施設」で94人の入所者を対象に口腔細菌の実態調査を行い、細菌学的にハイリスクな4人を対象者として口腔ケアを実施しました。実施方法は、以下の通りです。

□ 毎食後うがいを中心としたセルフケア

□ 1日1回のスタッフケア

□ 週1回のプロフェッショナルケア

 ケア前では口腔清掃不良がかなり認められ、細菌学的にも肺炎の起炎菌となるB群レンサ球菌、肺炎桿菌、エンテロバクタ、緑膿菌あるいは黄色ブドウ球菌などの日和見感染菌が優勢で「誤嚥性肺炎」に関してかなりハイリスクな口腔環境でした。口腔ケアを12週間実施した結果、4症例とも日和見感染菌が消失し、正常細菌叢(口腔レンサ球菌とナイセリアで構成)が回復しています。私の口腔ケアに関する細菌学的な仮説

□「日和見感染菌」が減少あるいは消失する。

□「正常細菌叢」が回復するということが実証できました。

 

2.ケースレポート

【ケース概要】脳出血術後/経鼻経管栄養/意識障害なし/抗生剤使用なし

 

REPORT経鼻経管栄養患者の口腔ケアは細菌学的に難症例です。正常細菌叢の回復は難しく日和見感染菌同士での菌交代が多く見られます。この点で本症例は数少ない成功例です。依頼の主目的は動揺歯牙の処置でした。診断は重度の歯周病で問題の歯牙は抜歯となりました。術後は菌交代を危惧して消炎鎮痛剤のみとし抗生剤は投与しませんでした。

 口腔ケアの前処置として歯周病を増悪している不良歯冠補綴物を除去して再度歯冠補綴した後、超音波スケーラーによる歯石除去と歯周ポケット内洗浄を中心とした歯周疾患治療を施行しました。口腔ケアにおいて歯石の除去は最も重要な前処置です。なぜなら、歯石が付着した歯周ポケットは完全に嫌気的環境になるからです。

 なお、口腔ケア実施期間中も歯周ポケット内洗浄は続行しました。歯周ポケット内に棲息する歯周病原菌(ポルフィロモナスや口腔スピロヘータなど)は偏性嫌気性菌で誤嚥性肺炎の重要な起炎菌です。これらはポケット内洗浄をすることによって相当数減少させることができます。また、逆にこの部位の洗浄をしないで口腔ケアを実施しても効果は半減します。プロフェッショナルケアが必要な理由のひとつです。

 約4週間の口腔ケアの結果は、術前の検査で検出された黄色ブドウ球菌が消失してα溶血レンサ球菌とナイセリアが回復しほぼ正常細菌叢となりました。ただ、肺炎桿菌が()で検出され少し予後が懸念されるところです。

 本症例は非経口栄養摂取(IVH→経鼻経管栄養)となってからの期間が比較的短いことが正常細菌叢を回復させる大きな要因だったと思われます。脳血管障害等で非経口栄養摂取となった患者の場合、急性期を過ぎたら極力早期に本格的口腔ケアを開始すべきであることを示唆しています。長期療養型の場合、口腔ケアの細菌学的結果がなかなか得られず正常細菌叢の回復が困難なことは他の症例が示す通りだからです。

 

3.口腔正常細菌叢回復のメカニズム

 右記は汚れた口腔環境をケアし清潔な環境を構築することによって正常細菌叢が回復するメカニズムを模式図にしたものです。正常細菌叢の回復は誤嚥性肺炎のリスク低下を意味しますから口腔ケアがいかに大切かということです。 

 

 

4.口臭の消失

 口腔ケアの効果として「口臭の消失」もあげられます。口腔ケアに取り組む動機で最も多いのが実はこの口臭です。「病棟臭」をなくしたいという切実な動機です。ここにも口腔細菌が関与します。

 口臭の本体は口腔細菌の産生する臭気ガスです。しかも誤嚥性肺炎の原因としてあげられる嫌気性菌がこの役割を担っています。従って、口腔ケアによって口臭が消失することは今まで記述してきたことからもそのメカニズムは明らかです。

 

 

 

 

 

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おわりに

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 最も口腔ケアを必要とするケースは、「嚥下障害を伴った脳血管障害後遺症者」です。常に誤嚥性肺炎の危険にさらされていると言っていいでしょう。ケアをすることで細菌学的に「安全な口腔環境」を作ることが大切です。

 経管栄養者はさらにハイリスクです。「正常細菌叢の回復」は決して簡単ではありませんが、回復のメカニズムをよく理解し爆発的に増加している口腔細菌の減少と口腔の低栄養化に努めれば

   □ 誤嚥性肺炎のリスク減少

   □ 口臭の消失

という効果が得られるはずです。

 看護・介護の現場は医療の高度化と共に益々複雑で多忙になってきています。口腔ケアに割ける時間はあまりないのが現状でしょう。このテキストはそのような多忙な皆さんのために「より効率的な口腔ケア」を提案したものです。口腔ケアはやりがいのある業務です。もし、スタッフの力で患者・利用者の皆さんを誤嚥性肺炎から救うことができたらどんなに素晴らしいことでしょう。より質の高い看護・介護を目指して取り組んでみてください。

 「難症例」や「前処置が必要な症例」ではいつでもご相談ください。当院では総力を挙げて皆さんの口腔ケアを応援します。

 

平成154月        

医療法人)吉田歯科口腔外科

Yasuhito Y.