口臭の理論

 

 口臭は消化器疾患・呼吸器疾患や食物の代謝産物といった全身的な原因からくるものと、口腔という局所的な原因からくるものとに分類されますが、ほとんどは後者を原因とします。口腔ケアに関するものもまた後者ですから、ここでは局所的な口臭について記述します。

  

 

. 口腔内の栄養物質

 一見清潔に見える口腔にもミクロの世界でたくさんの栄養物質が存在します。唾液には唾液糖タンパクを初めとして多くの栄養物質が含まれており、口腔粘膜表層には粘膜上皮の新陳代謝によって生じた剥離上皮細胞が付着しています。死滅した白血球も無数に存在します。

 舌の表面は絨毯のような構造で、無数の舌乳頭で被われていて表面積が広く栄養物質が豊富です。舌苔の付着はこれを増長します。

 また、歯と歯肉の境界には12oの歯肉溝と呼ばれる溝が存在します。歯周病ではこの溝は10o程度の達するものもあり、歯周ポケットと呼ばれます。これら歯肉溝や歯周ポケットには歯肉溝浸出液や血液成分があり、豊富な栄養物質を供給しています。

  

 

. 口臭の本態

 

 口腔内にはたくさんの細菌が存在します。これらの細菌が口腔内の栄養物質を嫌気的に代謝したときに生ずる臭気ガスが口臭の本態です。もっともこれは細菌学的な話で、日常においてはそれほどこの嫌気的代謝は問題となりません。なぜなら、産生される臭気ガスの量があまりにも少ないからです。健康な口腔内では、正常細菌叢が優位ですから好気的な代謝が営まれ、この場合は最終的に酸が産生されます。

 嫌気性菌が優位な病的細菌叢で大量に嫌気的代謝が営まれたとき、大量の臭気ガスが発生します。これが呼気の中に含まれたとき口臭として認識されます。これが口臭の本態です。

  

 

. 口臭を生ずる口腔環境

 それでは、口臭を生ずる病的な口腔環境とはどのような状態なのでしょうか。嫌気性菌が優勢な病的細菌叢は口腔内のどこに形成されるのでしょうか。

 まず、第1は重度の歯周病です。歯周ポケットは嫌気的環境の代表選手です。空気にさらされることがなく唾液も流入しないまさに酸素の欠乏したミクロ世界で、おまけに浸出液という格好の栄養物質も豊富です

 つぎは、虫歯です。虫歯で空いた穴を齲窩と呼びますが、齲窩深部は嫌気性菌の格好の棲息環境を提供します。酸素が欠乏しているうえに虫歯によって柔らかくなった象牙質は栄養物質そのものですから、嫌気性菌にとっては十分な環境です。

 舌の表面も問題です。ここは舌乳頭が密集した「絨毯」のような構造ですから、その根本は歯周ポケットと同じような環境になります。舌の表面が真っ白く見えるほど厚く舌苔が付着していると環境はさらに悪化します。

 清掃不良の義歯も同様です。義歯のプラークは嫌気性菌を中心とした病的細菌叢で盛んに臭気ガスを産生します。

  

. 臭気ガス産生のメカニズム

 ここで、臭気ガス産生に関与する嫌気性菌について簡単にまとめてみましょう。口腔内には歯周病原菌を中心とした嫌気性菌(偏性嫌気性グラム陰性桿菌)が常在菌として存在します。健康な口腔環境ではその勢力は弱く「細々と生存している」といった程度です。しかし、重度の歯周病ではその数が爆発的に増加します。また、口腔清掃不良で厚く滞積成熟したプラークも嫌気性菌の細菌叢となります。種類としては、ポルフィロモナス、プレボテラ、フゾバクテリウムあるいは口腔スピロヘータなどが挙げられます。

 これら偏性嫌気性グラム陰性桿菌は、口腔内の唾液糖タンパクなどの栄養物質を嫌気的に代謝して揮発性硫化物などの臭気物質を産生します。これが大量に呼気に含まれると口臭として検知されます。

 臭気ガスには何種類かあります。代表的なものは

  @タンパク質 →→ アンモニアやインドール

  A硫酸アミノ酸→→ 揮発性硫化物

   Bグルコース →→ 揮発性低級脂肪酸

            アルコール、アセトン

などです。 

. 口臭の改善

 ここまで口臭に関して理解できれば、その改善は簡単です。

   @ 歯周病と虫歯を処置する

   A ブラッシング(特に歯と歯肉の境界)

   B 口腔粘膜の清拭(特に舌の清掃)

   C 義歯の清掃と就寝時の保管

口腔ケアにより、口腔内を清潔な状態に保ち、嫌気性菌が優勢になるような病的細菌叢を形成させないことが大事です。また、歯周ポケット内の清掃は特殊な手技が必要ですから、もし中等度以上の歯周病が存在するのであれば、週1回の歯科衛生士によるこの部位の清掃を勧めます。歯科衛生士が行う清掃を「専門的口腔清掃(Professional oral cleaning)」といい、口臭改善には最も有効な手段です。

  

 

 

6. 口腔ケアの評価 

口腔ケアは毎日のことですからとかくマンネリとなりがちです。このことを補うためには常にケアを再評価していかなければなりません。評価法としては、プラークの滞積状況や歯肉を含めた口腔粘膜の変化あるいは舌苔の状況などが挙げられます。私は細菌検査による評価が最も優れていると考えていますが、「口臭の消失」も嫌気性菌の減少を裏付けているという観点から有効な評価法といえます。この点でも「口臭の消失」は口腔ケアにおける重要なテーマです。